日記

日記です

20191223

 昨日は結局コンテスト終わってから1時間半くらい泣いていた。約一ヶ月前の11/23でも-60以上のレート減食らってさ、「もう一度心を入れ替えて真摯に鍛え直したい」って言ってからじゃあ何問解いたの? って話。努力してないのに上手くいかないことが嫌で泣くの本当に意味がわからない。ただの駄々っ子でしかない。

 5年間ずっとプライドと実力の乖離に苦しんでいて、それが全く変わってない。5年間ずっと同じことを繰り返している。プライドではなくて見栄、虚栄心といった方が適切だろう。中身が伴ってないんだもん。ありえないよこんなん。

 4月生まれで早熟だったからか、幼い頃は才能に任せて適当にやってても他人を上回れたかもしれないけど、そこで鍛錬の積み方を覚えなかった。高校受験まではなんとか乗り切れてしまったのが、今となってはむしろ良くなかったのではないかとすら思えてしまう。

 プロスポーツが好きで、自分の得意な分野ではプロ、一流になりたいと思って生きてきた。勉強はいくらか向いている気がしていたけど、大学受験はダメで弊学に来て5年。それなりにやっているつもりだったけど、冷静に振り返ってみれば全く何も変わってない。

 やるべきことは単純で、鍛錬するか、プライドの方を下げるかしかない。鍛錬する方針でやってきたけど、どうも後者になりそう。心の中で結構派手に折れる音がした。1回のコンテストで良かった悪かったという話ではなくて、そこへ向けての取り組み自体が本当にダメで、何年かけてもそれが改善されてない。諦めるときが来たのかもしれない。

 この価値観を諦めたとき自分に何が残るのかよくわからない。「他人と比較しないようにする」っていうのはやっぱりダブルスタンダード気味というか、幼い頃は散々それで気持ちよくなっておいて、他人を見下したりもしておいて、そしていざ負ける側になったらあっさり「いやそういうのはやめよう」なんていうのは、なんというか許せない。

 まぁでも、簡単に心変わりしてきたわけではないだろう。もう5年間もこれで苦しんでいるんだ。ある価値観で見れば、僕は20代の重要な頃を「棒に振った」として判断されてもおかしくはないような生活を送ったのだ。この価値観を持っていることによる幸福度の収支を考えたら、もうマイナスなのではないか。もういいんじゃないか。これもやっぱり自分に甘すぎる考え方かもしれないが。

 しかし僕にも最後の意地はある。まだ投了はしない。盤面が敗色濃厚なのはわかっていても、まだ投げられない。でも逆転の糸口を探しているという感じでもなくて、投げ時を探しているようでもある。僕の投げ時は、やっぱり5月なのかなと思っている。ゴールデンウィークが一つの区切りになれば。