日記

日記です

20210228

 卒業(修了)をする人によくあることととして、とうとう今日「単位が足りなくて卒業できなくなる夢」を見た。大学院では研究が主なので講義なんて必要ギリギリしか取らないわけで、その状況で単位を落とせば足りなくなるのは当たり前。

 そういう夢を見た事自体は別にどうでもいいんだけど、夢の中での自分の態度が酷かった。単位が足りないことに気づいたらさ、無駄だとしてもその科目の教授に連絡するなり、研究室の教授に連絡するなり、なにかはしなよ。「あ、そうですか」とそのまま結果を受け入れてしまうのが本当に無気力人間という感じ。一事が万事お前はそういう精神だ。

ゲーム

 Apexは本当にダメそう。さっぱり上手くならない。これは向いてないゲームだったかもな。やっぱり左側の音がほぼ聞こえないというのがこの手のゲームでは致命的に思える。見切りをつけた方が良さそうなので止めたいんだけど、なにか本能的なところを刺激してくる演出なり効果音なりがあるように感じていてなかなか止められない。ランダム性と本能に訴えかけるような中毒性から、パチンコとかそういうものと同類に思えてきたりこなかったり。


 ただ止めるというのは難しいので、代替物を準備するのが良い。というわけでSwitchで『グノーシア』を買った。人狼ゲームはやったことないし得意でもなさそうだったがわりと長時間ぶっ続けで遊んでしまっている。あんまり推理とかせず適当に投票していると時々勝てるという遊び方でしかないが。あれ、やっぱりパチンコとかなのでは。

20210227

 午前中はApexやっていて午後は本読んだり。

漫画

 展開が超速。1巻を読み終えても主人公の細かい性格が捉えられないままぐんぐん進んでいくのが僕には珍しく思える。

 かなり面白かった。自分の思う「自由意志のなさ」とかなり近いことが言われていて、僕自身の考え方を問われたときにはまずこの本を紹介すれば良さそう。責任に対応した罰ではなく修正可能性をもとに更生を重視する法制度への展望も頷けるし、個人の解体という面でも納得感が高い。

 僕自身は脳科学神経科学を積極的に学ぼうという気持ちはないためこれは本当に他人事の声援にはなってしまうわけだけど、薬物療法なり脳に関する測定装置なり、そういったものの進歩が切り開いてくれる未来というものは確実にあると思っている。まぁ結局それらも人間がやる限りどこかで限界を迎えるんじゃないかという考えもあって僕が一番魅力を感じるのは人工知能分野になってしまうわけだけど。

 僕は結構強めに「自由意志はない」と思っている方なのでそういう主張をする本ばかりを読むことになり、結果的に「あれ、結構みんな自由意志はないって思ってるんじゃね?」って感じるんだけど、実際のところはどうなんだろうな。まだ責任能力だのなんだのがうだうだ言われるんだから完全に浸透しているとは言えないことはわかるが。パラダイムシフトといってもある一瞬を完全に境にして全員の考えが一気に塗り替わるわけでもあるまいし、時の流れに任せるしかないところは多そう。異端派のまま終わる可能性ももちろんあるし。

20210226

 今日は起きたらもう10時を過ぎていて驚いた。特に昨日夜ふかししたというわけでもないのになんでだろう。よくわからない。


 「生まれてこない方が良かった」という考えは相応に悲しいものだと思っており、今のところそこまで自分の人生を悪いものだとは感じていない。しかしそれは今までの人生の幸福値の累計がまだプラスであるというだけで、ここ数ヶ月などを切り取ってみればプラスは相当小さいものだと思っているし、幸福値の微分はマイナスであるとも思っている。この先、日々の幸福値がマイナスになるのではないかと恐れているし、そういう期間が長く続けば人生総和の幸福値(積分した値)もマイナスになってしまうだろう。僕もいつか「生まれてこない方が良かった」と思う日が来るのだろうか。


 暗い話をしたいのではないのでなんとか切り替えてまた。

20210225

 自分に自殺する勇気があるとは思えないけど、一方で「飛び降りれば死ぬことができる場所」に24時間くらい居続けたら、そのうち一瞬は気まぐれを起こす可能性だってなくはないのではないかとも感じる。1日では無理だったとしても1ヶ月通い続けたらどうか。確率と試行回数の問題に落としてしまえ。


 自分の存在が誰かの迷惑なんじゃないかと思うことがある。自己肯定感がないのでそうなるととてもつらい。迷惑になる可能性を低くするためにはできるだけ人と関わらないのが手っ取り早いんですよ。

 ゲームとかGitHubにissueを立てるなどの行為は、自己肯定感を稼ぐためにやっていることなのかもしれないと思った。Apexで最も楽しい瞬間ってスナイパーでアーマー育てて味方に渡すときだもんな……。

 やっぱり僕は孤独を重視する立場なので、最終的には全人類が個別にゲームをやって自己肯定感を育んでいく形になればいいんじゃないかと思っている。そうとは気づかないほど精巧なNPCに対して奉仕することで、あるいは奉仕が嫌いな人は別にすべて思うままにしていいんだけど、一人が一つの世界をすべて所有することにならないと理想的とは言い難いんじゃないかなって、そう思うわけです。ゲームAIに妙なこだわりがあるのも、まぁ部分的にはこういうところから来ているものなんだろう。

20210224

 午後初っ端に面接があった。しんど。これをずっとやっていかないといけないんですか。根本的に会社選定を間違えている気もしてきた。精神的にしんどくなってしまったので以降も何もする気が起きず。

 なんかなぁ、本当に就職できる気が一切しないな。「自分はこんな人間です」とか「こういうことができます」とか、言うことが苦手すぎる。技能としてできないというよりも精神的に後からつらくなってしまう。これが続くともっと大変なことになってしまうんじゃないか。ううん、厳しい……。

読書

 全体として結構面白かったが、最後の方はなんかちょっと話を捻ろうとした感じもあったか。ゾンビというものは「死んでいるように生きている」人間のわかりやすい比喩になりすぎてもう陳腐とすら言えるけれど、だからこその「フィッツジェラルドの法則」との相乗効果があってその点はすごく良かった。その路線と文学への愛で十分に作品として成立したと思うし、陰謀的な流れに傾いたのはやや浮いて見えたけど、まぁこれは個人の価値観かな。

 ソンビという設定はあれど大枠で見れば一種のサナトリウムものとして読めるものだろうし、僕はこの手の話に対して結構心動かされるようになってきたなという感慨がある。以前はもっと馬鹿にしていただろうに。でもそういう賢しらな虚無主義こそが僕をこれまで幾度となく苦しめてきたんだろうし、きっとこれからも苦しんでいくんだろう。それを少しでも自覚できたのなら、そんなに悪いことではないのかもね。

20210223

 祝日だということを意識せずにやっていこうと思っていたけど、あまり作業はできなかった。

読書

 短編集。後半2つはちょっと終わり方が唐突というか、もうちょっと盛り上がりも作れたのではないかという気はする。とはいえ前半2つの『連続体仮説』と『フェルマー最後の事件』はテーマ的にも僕の興味があるところでなかなか面白かった。あとがきでも城平京の『虚構推理』に触れられていたけど、まぁやはりこのあたりは現代ミステリの重要テーマではあるんだろう。

 前作もそうだったけど、殺人事件が出てくるような本格寄りのミステリと百合的な雰囲気の混ぜ合わせにはなかなか奇妙な味わいがある。さらに登場人物の名前が中国人のそれなのでもう一歩異文化感がありつつ、しかし主人公としての陸秋槎自体の心理描写は至極現実的なもので、デコボコな道を歩いているかのような読書だった。

 激烈に面白いという感じではなかったけど久しぶりの読書としては手頃なところで丁度良かったかもしれない。これから積み本を崩していけたらなぁというところ。

その他

 日記を上手く書けなかったときはちょっと落ち込んでしまうかもしれない。大抵はYouTubeの見すぎなのでなんとかしたいところですね。

20210222

読書

 何日もかけてなんとか読み終わった。最後の方はもう目を通すだけという感じになってしまったが、まぁなんか少しでも知っておくと多少役立つときが来たり来なかったりするんじゃないかな。来ない可能性が高そう。

プロジェクトセカイ

 東雲絵名に向き合った。今回のイベントストーリーを読んだということです。以下、読みながら雑に書いていった感想というかメモというか。

ネタバレ感想  東雲絵名、細かく性格の悪さが示される。親譲りか?

 久しぶりになにかをやろうとしたとき、道具の劣化などで躓きが発生するのはありがちではあるんだけど、なかなかつらい話ではある。

 そして奏と話すときの態度が妙なのも、尊敬の裏にどうしても自尊心の低さが見えてしまう。

 再生数がどれくらいですごいとか全然わからん。AtCoderのレートで例えてくれ。

 結構あっさり提出まで行ったな。そこの情緒は今回の話の射程には入ってないということなんだろうな。もうちょっと溜めを作っても良かったろうに。とはいえ3話は結果の通知という方で一つ盛り上がりを作ってきた。「わかっている」というのがわかっていないという転倒。

 すぐヘラる〜。すぐ仲間に当たり散らす〜。もう、この性格最悪女〜。

 東雲彰人、助けてくれ。ヒス女がやばい。

 ニーゴ、本当に精神虚弱人間の集団なので危うい。スマートフォン向けゲームでなければぶっ壊れバッドエンド直行しているところだ。しかし続いていくスマートフォン向けゲームであるので終わりを迎えさせてくれず、何度もヒステリックと暫定的な対処を繰り返すことになる。

 なんの脈絡もなく鏡音リンが出てきた。出てくる必要あったのか? まぁある種の必要性があるというのはわかるが……。

 東雲彰人、お前が親と不仲じゃなくて良かった。とはいえ態度が生意気で、親-子供という感じがしないのは面白いが。東雲彰人、こいつはこいつでやっぱり変な歪みがあるんだよな。青柳冬弥に対しても家父長的な暴力性を発揮しているし、エディプス・コンプレックスみたいな読み方をしようと思えばできるんだろうな。

 VOCALOIDをクッションとして挟んでコミュニケーションを取るというのが一つの象徴となっている。つまりそれこそが音楽の機能なのだ。

 7話で大きな盛り上がり。本当は純粋でありたかった。が、外的なモチベーションがなくてもやっていけるということ自体が一つの才能、一つの適正であるというのは当然の論であって、それらがない人たちはまた別の戦略を取らなければならない。精神的に荒れ狂いながら、周囲に当たり散らしながら、なんとかやっていくというのも一つの戦略だよ。その在り方を肯定してくれたのは、少し嬉しかった。

 8話でもう一度締め直す。東雲絵名の自尊心の削れ方は、やはり相当キツいものだろうなと思う。やっぱり僕は自尊心というものをすごく重視しているので、そこをテーマにしているキャタクターは好きになってしまうな。