日記

日記です

20210928

 自我、「わたし」の神秘性について。なんというか、部分的には惹かれるところもありつつも、でも否定したくなる気持ちもある。自分を条件の束として記述することは本当に不可能なのだろうか? 時空間における条件づけによって神秘は解消されそうな気もする。

 精神の入れ替わりネタって各種創作では定番のネタではあるけれど、精神のみが入れ替わるようなことが可能であるという考え方自体が、実は特殊な立場なのだという気もする。自分も含めて多くの人がそれを理解可能な表現として受け入れることができるというところに、「精神」という言葉の意味・性質が宿っているのだろう。人間がやりがちな人間のモデル化方法が関わっていそう。


 相変わらず成すべきことは不明。

20210927

 永井均の「わたし」に関する考察は興味深いと思うけれど、でもやっぱり読んでから初めて不思議に思うようなところもあって、もとから自分の中にあった問題ではないという気もする。

 やっぱり自分が一番最初に抱えた悩みっていうのは自由意志の感じられなさであり、それは大学受験期に、勉強するべきときに、頭ではそうとわかっていてもできなかったという体験に依拠するところが大きい。なんかそういうしょうもない、ありふれたところに悩みの源泉があることをダサく思ってしまうところはあって、逆に自他問題のような哲学的悩みを幼いころから感じている方がかっこよさそうに見えて、そちらに寄せるような態度を取ってしまいがちなんだけど、そうじゃないじゃんって心の底では気づいている。

 『スパイラル 〜推理の絆〜』に自我を打ち立てられて、理性主義者として育ったのに、自分のことを理性的に制御できなかった。そういうところを見つめ直さないとどうにもならないなというのが昨日今日での感想だったりする。そういうのが自分について真に重大な問題であり、またそういうものを恥じてなんか哲学的に深そうな問題へすり替えようとするところももう一つの重大な問題だ。

 そして社会人になって、理性は行き先を見失いつつある。どこを戦いの場とするのかもわからなくなって、リベンジの機会すら失われて。どこへ行くのか。

20210926

 休日。

読書

 7年ぶりの再読だったらしい。昔から永井均の本には影響を受けてきたけど、やはり重要なことが書かれているように感じられる。全体的に本書を貫く姿勢、「字面の上では意味がありそうな疑問だが、実は疑似問題なのではないか?」という意識が自分には足りていなかったと思う。

 たとえば自由意志の話に関して、まさに自分が考えていたようなことが指摘されていて、完全に明確な解答というわけではないけど重大なヒントはあったと思う。「意志自体を意志の対象と考えるのは、何らかの錯覚ではないか?」という視点の導入ができてきた。(前に読んだときにはどうしてなにも思わなかったのだろう?)

 言語というものはとても強力なツールなので、本当は語れていないものを字面の上では正当な問題であるかのように見せてしまう。言語の成り立ち(言語ゲーム)に立ち返ってその限界を見定めようという立場には一定の説得力を感じる。

 一方で、永井均がよく問題にする意識や今に関する神秘性については、半分くらい納得できて、半分くらい実は違うのではないかという気もする。そこに神秘なんてなにもなくて、フラットな唯物論的視点というのは絶対に成り立たないのだろうか? 僕はそこはまだ可能性があるのではないかと思っている。

 というのも、永井均はどうして「それ」(意識や今に関する神秘性)を語れるのかが不思議に思えて仕方がない。本の中でも何度か触れられていたし、ひょっとしたら語れていないのかもしれないけど、しかし、「わたし」の感じている唯一無二性を永井均永井均(と僕からは見える)ものを主体にして語っているように見える。そんなことが本当にできるのか?

 どちらかと言えば、僕が永井均の言論空間の中に絡め取られてしまっているだけのようにも思える。本当は、こういう形ではない「わたし」理解の方法があり得るのではないか。


 現状の翻訳ツールでも、自分の翻訳能力よりは明確に上だと思う。コード生成に関しても、プログラミング言語によっては自分より書けるというものだってあるだろう。では、哲学的能力に関してはどうか?

 これだって「哲学的能力」というものが、根本的になにも意味していないような言葉なのかもしれない。哲学的に見えるような文章の作成ということなら、実はGPT-3とかの方が自分より上手くできる可能性はある。哲学的能力という言葉の中に意識や今に関する神秘性が内包されているのかもしれない。だとすると人工知能にそれを認めることは、まだできない。

その他

 気合い入れて一日を始めたはずなのに最後の方は上手くいかなかった。生きるの難しいな。難しい。

 まぁ読書もできたし散歩もしたし、悪い日ではなかった。また明日から切り替えてやっていこう。

20210925

 休日。午前中は届け物がいつ来るかわからなくてずっとそわそわしていた。時間指定をしない方が配送会社にとって負担が少ないかなと思って指定しないことが多いが、そうなるとこちらの気を揉む時間が長くなる。無用な気遣いなんだろうか。


 いくらかコンピュータ将棋のプログラミングを進めたが、NPSが全然安定しないような現象が起きていてよくわからない。以前も同じことが起きていた気がする。ちゃんと原因究明するしかないなぁ。


 コンテストなども参加したけど、やっぱりまだ粘り強く考える根気が足りない。もっと自分にとって重要な問題を考え続ける時間を増やしたい。まぁ、それはとても難しいことなんだけどね。

20210924

 休日。人と会うとか。現実的な話を多くした。自分の守備範囲は狭い。範囲に来たボールはしっかりキャッチできなければいけない。


 電車内では多少読書をできた。制約のある中ではやりたいことができる。大学の図書館が感染症対策で卒業生入館禁止になっているのが地味に痛いのかもしれない。調子が良いときは自宅でも上手くやれるけど、調子悪い時に全然ダメになってしまうのが自宅の弱みだとも感じる。


 お金と時間の問題を上手く解決していきたい。

20210923

 休日。そういえば日記タイトルに曜日も入れた方が見やすかったかなぁと今更思ったりする。まぁ今日みたいな祝日はどっちにしろ冒頭に書いておかないとわからなくなるんだけど。

 午前中はずっとベッド上でグダグダしていた。最近の休日は毎回そんな感じな気がしている。

 午後もちょろちょろと作業したくらいで全然集中力が出なかった。うーん、望んでいた過ごし方ではない。


 本当にコンピュータ将棋に対するやる気が低下してきてしまった。一応やることの案自体は浮かぶのに着手する元気が起きない。家のパソコンが計算中ではない夜なんていつぶりだ?


 「現実の自分の状況を脇に置いて虚構に耽溺する能力」が落ちていることを強く感じる。これが根幹。

 上手くいかない。

20210922

 業務はよくわからない感じに進んでいる。まぁ進んでいるなら。


 ここ最近、よくわからない来客が何度かあって不穏。


 眠い。やりたいことができていない。眠い。

 もっと集中力を出していくタイミングが必要な気もする。エネルギーを業務に持っていかれすぎているか。