日記

日記です

20190122

 先輩前発表練習二日目。昨日より人数が減っている!

 GPUをいくらか買ってもらう約束を取り付けた。というか単純に人々はあまり研究に興味がないんだろうなぁ。購入して欲しい物品のアンケートに4件しか回答ないとかすごいことだと思う。

 同期のコードに文句つけていると帰るのが遅くなる。身体強い方ではないので気をつけないとすぐ風邪ひきそうだ。夜道をトボトボ帰る寂しさも、学年が上がってからいくらか感じなくなってきた。そういうものなのだなぁ。

 コンピュータ将棋は全くできていない。終わり。

その他

 研究室で平気な顔してオタク的な話をしている人がいた。僕はどこまでいっても人前でそういう話をするのははばかられるという気持ちが強い。それが何かしら価値観と強く結びついてしまっている感覚もある。好きなものに対する社会的な抑圧と、それによる隠匿の必要性。オタクという言葉の定義にそういうものがあると思っていて、つまりマジョリティ化してしまった時点でオタクではない! みたいな。別にどう呼ばれるかなんてことは一切本質的ではないんですが。好きなことを話すのは良いことだと思うよ。

 僕の秘密主義な点は人間関係リセット癖があるということにも繋がっているのかもしれない。今まで他人が勝手に離れていくだけだと主張していたけど、まぁよく考えるとすぐアカウント消したりブロック(してすぐ解除)したり、積極的な拒否と捉えられることをしているなぁと。そういうつもりではないんだけど、そう見られるのも当然だとは思う。

 実名でTwitterアカウントを作れば消しにくいはずだなんていうのは幻想でしたね。思えば今まで顔見知りに対してこれだけの振る舞いができてきたのだからそこに抵抗なんてあるはずがない。また数年で、消えて……。

20190121

 今日は卒論発表練習。しかしM1の先輩が6人中2人しかこなくて(しかもうち1人は早退)感涙した。まぁ実際こういう環境が嫌かというとそうでもなくて自分でいろいろ主導権握れるのでそれはそれで良い。計算機もそんなにめちゃくちゃすごいわけじゃないけどいくらかは使わせてもらえるし。

 同期の発表を見ていると指摘したことがあまり伝わってないのだなぁと思う。後輩相手ならともかく同期にどの程度突っ込みを入れていくかは悩むところで、ウザがられるのはまずいよなぁとか思うんだけど本当にまずいかはわからない。どっちにしろ多少浮き気味ではあるので変な心配をする必要はないのかもしれないが……。嫌がらせされないなら別に嫌われるのは良いんだけどなぁ。しかしそのラインを見極めることは少なくとも自分にはできなさそう。

 その後は同期の実装に横から口出し。実装はそこそこ好きだなと思う。綺麗なコード、設計(といっても僕も本当にまだまだ初心者だが)ができると心地よい。自分で作りたいものは特に思い浮かばないので、実装だけする方が向いている気がするなぁ。

その他

 忙しさで虚無感を忘れることができる。それを繰り返しているうちに……。

 大家さんから不穏なお知らせが届いて結構面倒くさいことになるかもしれない。そうしたらどうなる?

20190120

 今日は家に引きこもっていた。しかしコンピュータ将棋は特に進まず。家の掃除とかプリントの整理とかをしていたらいつの間にか時間が経っていたね。

 メールを漁っていたら2013年頃のツイートが数個だけ発掘できた。リプライがメールにも転送される設定だったようだ。普通に同級生と会話している……! 驚くようなことでもないんですが。

 夜はABC。D問題で1WA出してしまった。単なる不注意だったので残念。しかし他のコンテストと被っていたというのもあるらしく、なんか今日は妙に順位が高かった。

その他

 人生に対するやる気のなさ。当事者意識の欠如。

 Twitterは一瞬だけ復活させたのでまた30日延長が入ります。別に何も希望は見えていないけど。

 どうも一つのアカウントを継続していくということができないようだ。Twitterもほぼ3代目という感じだし、ブログも確かこれが3つ目くらい。今回こそTwitterは本名でかっちりやっていくぞという気持ちだったけれど、お遊びが混入し始めているのでダメそう。きっと数年後には消えているだろうなぁ。

 同期のグループLINEで「風邪ひいたかも〜」みたいなメッセージが飛んできたときにさ、どういう反応すればいいのかよくわからんのよね。社会性を発揮している人もいる。様々な人。

20190119

 研究室に来たは良いものの一切集中ができなかった。どうやら添削されて返ってきたものを見るのが辛いという例の症状らしい。この欠点はなかなか厳しいんですよね。自分の成果物を自分と切り離して考えるというのは技術とか慣れが必要な振る舞いであって、そうそう自然にできるものではないと思うなぁ。ページを開いて赤ペンで書かれた文字の形跡が目に入る度にアッて言ってる。

 そろそろログインし直さないとTwitterアカウントが本当に消えてしまう。それは大変もったいない気がするんだが。やる気。

 大学4年間の生活を経てたどり着いた結論が「もっと絶望を深めよう」だとしたらなんとも悲しい話だなぁと思った。

 死にたい以外の感情なくない? 死にたい以外の感情なし。

 自殺願望は、共同体からの視点で見たら治療するべきものだと思う。コストをかけて育てた人間が労働力を発揮しないうちに消えていくと単純に赤字だろう。一方でその共同体的視点は誰が持つべきものなんだろうか。誰が、というより多くの人に少しずつ場所を取っているから共同体的視点と言うのかもしれないが。

 やはり実装できないアイデアにはあまり価値がないよねという立場の人間なので。実装力めちゃくちゃ欲しい。喉から手が出るほど欲しい。

 魚肉ソーセージの意味ありげな感じはなんなんだろう。魚肉ソーセージを見ていると何かを訴えかけられている雰囲気を感じる。

 僕の中で記録されている最古のツイートが「インターネット弱い人探し」なの大変いい話だな。

 今日は朝から調子悪かった。そういう日もある。

20190118

 今日は昼から卒論の発表練習。その後はめちゃくちゃ疲れていて使い物にならなかった。何もできないのでブックマークの整理とかをしていたら19時ごろになっていたので撤退。

その他

 自分の感性に囚われているという感覚。自分の感性のままに行動したときにそれを自由と思うかどうかって本当にもう性格、感じ方の問題でしかないんだろうか。自分は自分の行動したいようにしか行動できない。

 何もわからんという気持ちが強くなってきた。理論的なことさっぱりだし実装もできないし何もかもダメ。

 同じ服をたくさん買おうと思ったらシャツが一番ラクなのな。人生がそういうことという雰囲気がある。

 また魚肉ソーセージを買った。人生はすべて魚肉ソーセージ。

 諦めなさい。諦めるのです……。

20190117

 複数アカウントを使い分けられる人とそういう振る舞いが苦手な人間がいる。僕は後者。

 「顕名」という言葉を知った。『自分が作ったコンテンツに、実名でない名前(ハンドルネームなど)で署名すること』らしい。まぁ確かに名前の欲しくなる概念ではあるよな。

 実名は必然的に身体と結びついてしまうのでよろしくない。それの何が良くないのか自分でもはっきりとわかっているわけではないけど、そういう直感がある。

 インターネット上の情報は誰にでもアクセス可能であることが大事だと思うけど、それは別にすべてを無料にしろということではなくて、有料なことは全く構わない。むしろ仲の良さとか、人に気に入られるかどうかで情報にアクセスできるかどうかが決まってしまうことが良くないことだと思う。

 実名アカウントを運用してしまっている違和感が大きい。しょうがないといえばしょうがないんだけど、完璧な理想ではないな。

20190116

 研究室に行ったはいいが虚無的な時間の過ごし方をし、とりあえず教授に卒論を投げつけたものの投げつけた後で誤字を発見する始末。ひどいなぁ。さっさといろいろ終わらせて開発だけに集中したい。

 コンピュータ将棋はとりあえず教師あり学習をいじる。バリデーションセットを分けてふにゃふにゃやってみたりしているところ。そろそろ検証対局もやってみたいなぁ。

その他

 Twitter、お互いにほとんど興味がないのに惰性で相互フォローが続いているということがあるし、そういうのはあまり良くないことなんじゃないかと思う。万人と仲良くなれるタイプでもないから別にお互いさっさとさよならでもいいんだけど、こっちからブロックしたみたいな記憶が残ると面倒だなぁという気もする。いやぁ本当にフォロー0で運用するべきだったと今では思うけど、無名人間がフォロー0でやると誰にも気づかれなくてそれはそれで意味がないので初期のムーブとしては仕方ない話ではあった。今からでもフォロー0へというのは何度も考えるけどどうかなぁ。

 鍵アカウントが見れてしまうという状況がまぁ好きではない。僕は誰もが(コストを払えば)見れるものにしかアクセスしたくないという気持ちがありますね。よくわからない特権なんてダメです。