日記

日記です

20210407

 現在午前10時です。11時からWeb面接があり、緊張している。緊張というか、やっぱり傷つくのが怖い。とにかく悲観的で、何か恐ろしいことが起こるのではないかと心配してしまう。こんな性格に望んでなったわけじゃない。

 面接が終わった。印象としては良いと思われたところとヤバイなと思われた所半々くらいかと。就職活動の面接で半々ってダメなことで、落ちているんじゃないか。というかこの会社も大丈夫なんかなと思わないところがないでもないのでそういう意味でも不安ではある。

 高校で帰宅部、大学でもサークルなどに所属しなかったという人間関係が希薄である点を明らかに不安視されていて、でも過去はもう変えられないわけだしこれ一生言われるならそうとうキツいなって思ったりします。今は違うんです社交的ですともいい難いので正しく理解されているわけでもあるんだけど。

 面接後、ずっとベッドに倒れていたが、ここ数日待っていた連絡がようやく来た。アプリ審査完了のお知らせ。

 やっと表に出せた。最近よく書いていた趣味プログラミングというのがこれ。隠れて開発なんてするもんじゃないですね。特に審査に1週間かかるとは思ってなかったので、ここ数日はなんかやる気出ない感じになってしまっていた。これで肩の荷が一つ下りた感じがある。

 で、このアプリがすごいものなのかについてなんですけど。

 暇な時間ができたときに何にそれを使うかは人の性格傾向であり、いつも「性格と能力を本質的に区別することはできない」と言っていることと照らし合わせれば、もちろんこれもまた能力の発露として解釈はできる。しかし、自分ができてしまったことは簡単に思えるという例の効果もあって、これはただ「暇な時間を競プロでもKaggleでもなくアプリ開発に投じる」という性格傾向を示しているだけだなと、思ってしまう。

 「こんなこと誰にでもできる」って僕は本当に心の底から思っているんだけど、そうではない、と考えるべきなんだろうな。他人が「こんなこと誰にでもできる」と思って、でも僕にはできてないことってあるんだろう。たとえば"まともな”就職活動とか。それを言われれば僕にはなんも反論できないよ。

 各人が得意なこと、自然にやれることで生きていければ良いですねとは思うんだけど、就職活動などが不向きだと人生がとても面倒なものになる。「プログラミングになんか適正なくて良かったので就職活動に向いていたかった」とは言わないが。

 まぁなんかいろいろ考えるフリをしてみても、結局自分に自由意志はなくて、やれることはやれるし、やれないことはやれないなと思うばかりだ。